シークレット・レース 〜 ツール・ド・フランスの知られざる内幕

シークレット・レース

シークレット・レース 〜 ツール・ド・フランスの知られざる内幕」(タイラー・ハミルトン & ダニエル・コイル著、児島修 訳)
昨年の夏に読んで背筋がぞくっとした本。帯によると「本の雑誌」が選ぶ2013年度文庫ベストテン第1位だそうです。これは確かに自転車ファンやランスの黄金期を知らない人が読んでも十分ドキドキさせられるドキュメンタリーです。
言わずと知れたツール・ド・フランス7連覇という前人未踏の偉業を達成したランス・アームストロングのドーピングを暴いて世界中で話題になったものです。

    Franck Fife/Agence France-Presse — Getty Images
子供のころから屈強で我慢強かったタイラー・ハミルトンが小さい頃、父によく言われた。体の大きな犬が喧嘩に勝つんじゃない。気持ちが強い犬が勝つんだ、と。常套句だけど、小柄な日本人選手はタイラーがそうだったようにこの言葉を心の底から信じるといいと思う。
彼がスポーツ選手になった真の動機が母を喜ばせたい、彼女を得意な気持ちにさせてあげたい、という気持ちだったそうです。モテたいからなんかじゃないところが素晴らしいですね。(^^)
そんな彼もいつしか "ゲーム" の中へ入っていってしまう。
当時 USポスタルとランスの強さの秘密はトレーナーであり医師であるフェラーリの存在が大きかった。私は単なるホビーサイクリストだけど、例えば下記のような内容はためになる。

  • 潜在能力を測るのはヘモグロビンがヘマトリック値よりも優れた指標になる
  • ヘモグロビンは、血液中の酸素の運動能力を、より正確に表せる
  • ケイデンスを上げることで、筋肉への負荷を減らせる - 負荷を筋肉で直に受け止めるのではなく、心肺機能と血液で処理できるようになるからだ
  • サイクリストの能力を測る最適な指標が、パワーウエイトレシオ
  • パワーウエイトレシオ 6.7W/kg がマジックナンバー。それがツールで勝つために必要な値

今でこそ驚きはしないが、あの当時から自転車競技が "ともかくベストを尽くそう" というロマンチックなスポーツではなく、まるでチェスだったこと。意思や遺伝子ではなく準備と戦略が重要なゲームとなっていた。
タイラー・ハミルトンの2000年5月31日のデータがすごい。体重 60.8kg, 体脂肪 3.8%, 平均ワット数 392W, パワーウエイトレシオ 6.45W/kg, 最大心拍 191bpm などなど。
自転車競技のトップの選手の身体は自転車に乗るのに適した身体に変わっていく。歩くのが苦手になるそうです。鍛えれば鍛えるほど。「立つなら座れ、座るなら横になれ、階段が病原菌だと思え」だそうな。こんなスポーツ他に聞いたことない...
本書では赤い卵、テストステロン、ビタミンE、EPO(エドガー)をはじめとするさまざまな組織ぐるみのドーピングが暴かれている。この辺の秘密のシステムや当時の現実を知れば知るほど怖くなってくるのは私だけだろうか。それが当たり前で、そうしなければ勝てないしトップクラスの仲間入りもできないという腐敗しきった世界。当時のレコードがいまだに破られていないことが多いのはこのドーピングが一端を担っている可能性は高い。
ランスが象徴するものは、権力を行使し、規則を軽視し、世間を欺き、大金を儲け、罰をまんまと免れるという考え。これじゃまるで悪の親玉ですね。少なくとも彼の罪が暴かれるまでは、私も多くの人と同じように彼の爆発的な強さに魅了された一人でした。それだけに事実が発覚した後の暗雲のような心情がやるせないです。

    Robert Laberge/Getty Images
最後に訳者のあとがきからの抜粋を掲載しておきます。

この本は決して "暴露本" などと呼ばれるべき類のものではない。これは並外れた努力によって栄光をつかんだ男が、自らの過ちによってすべてを失い、真実と偽りのはざまで揺れ動きながら、愛する人や家族の支えによって再生を目指す魂の物語であり、サイクリングファンだけでなく、現代に生きる私たちすべての心を強くとらえ、深い感動をカタルシスをもたらす、スポーツ・ノンフィクションの金字塔である。