スティーブ・ジョブズの流儀

Inside Steve’s Brain

スティーブ・ジョブズの流儀」(Leander Kahney 著、三木俊哉 訳)。
原題は “Inside Steve’s Brain”。これも図書館で借りて読んだ本です。
私は iPod こそ持っているものの Apple のファンでもなければ Mac を持っている訳でもありません。でも Mac 信者がいることは何となく理解できるし、もし Windows ではなく Mac がらみの仕事を最初にしていたら、恐らく私も Mac 信者になっていたような気がします。でもジョブスのことはあまりよく知りませんでしたので、この本はとても興味深く読むことができました。Mac ユーザーならもっと面白いと感じるでしょう。
あとがきにも書かれていましたが、この本はジョブスを褒めちぎるようなものでもなければ中傷するようなものでもありません。ジョブスはもちろん登場人物に敬意をはらっているのが読んでいて爽やかな気分になります。
iPod は発売後7年の2008年3月の時点で1億4000万台売れたそうで、2009年末には3億台に達する勢いです。ソニーウォークマンは1980年代から15年間で3億5000万台売っていることを思えばいかに凄いかがわかる。
1985年、アップルから追放されたジョブスが NeXT 社を設立。初めて NeXT を触ったときの感動は今でも覚えています。でもさっぱり売れませんでしたね。その代わり Pixar はテコ入れしたこともあり、ハリウッドきってのアニメーションスタジオになったのはご存知の通り。
本書では、ユーザー体験、顧客体験、人生体験、オーナーシップ体験など「体験」という言葉が頻繁に登場します。原文では恐らく experience なのでしょうが、日本語の「体験」はどうもしっくりきません。他にいい日本語訳は思いつきませんが。
ジョブスもユーザー体験を重視しているのですが、フォーカスグループなどでフィードバックに耳を傾けることはしないというのが興味深かった。
ジョブスがデザインの細かいところまで物凄いこだわりを見せるのは有名な話ですが、美的な理由から初代 Macマザーボードのデザインを変更してチップや回路の配置をもっと魅力的にしたいとエンジニアに注文したというのは驚いた。エンジニアたちは青くなったそうだが、そりゃそうでしょう。
アップルのデザイナー、ジョナサン アイブは自分の仕事を

信じられないほど複雑な問題を解き明かし、これのどこが難しかったんだと思わせるほど、その解決策を当り前でうんとシンプルに見せること

と言っている。これは様々な仕事にそのまま当てはめることができるように思います。
製品だけでなく広告も含めての顧客体験がとてもよく練られており、「Think Different」や「I’m a Mac./I’m a PC.」などは社会現象や文化にもなるので、お金を使わずとも広まってくれるわけです。この辺りはさすがです。
面白いなと思ったのは、アップル社内でのジョブスはたんに「スティーブ」まはた「S.J」で通っている。他にスティーブという名の人間がいればフルネームで呼ばれる。アップルに「スティーブ」はひとりだけなのだそうです。
イノベーションについての本によく書かれているように、ジョブスもピカソの有名なセリフをよく引用する。「すぐれた芸術家はまねる。偉大な芸術家は盗む。」さらに付け加える。「私たちはいつも偉大なアイデアを臆面もなく盗んできた」
最終章辺りでは垂直統合水平統合について書かれています。アップルは iPod + iTunes + オンラインストアに代表されるように垂直統合の典型的な例です。(もちろん1社ですべてやれば内容はどうでもいいというわけではなく)あのモデルの成功は垂直統合でなければ難しかったでしょうし、あそこまでのエクスペリエンスは提供できなかったと思います。じゃぁ垂直統合が必ずしもいいのかというと私はそうは思いません。ビジネスではなくコンシューマを前提とさせていただくと、顧客体験を重視するならば基本的に垂直統合が向いていると思いますが、しっかりしたプラットフォームをベースとして部分的に水平統合の要素をちりばめるようなハイブリッドモデルが実現できれば、それが短期間の独占に終わることなく成功するモデルになりそうな気がします。

情熱がたっぷりなければ生き残ることはできない。
それがないと人はあきらめてしまう。だから情熱を傾けられるアイデアや問題を持っていなければならない。がまんさえできれば、うまくいったも同然なのだ。