追い風ライダー

追い風ライダー

追い風ライダー」(米津一成 著)。
米津さんの本を読むのは「自転車で遠くへ行きたい」、「ロングライドに出かけよう」に続いて3冊目です。恐らく多くの自転車好きがそうであるように、私も例外なく3冊ともとても楽しく読ませていただき、かつ爽快な読後感を味わうことができました。本書が過去の2冊と大きく違うのは、これがれっきとした「小説」だということです。もうこれからは作家の米津さんとお呼びしなければw
最初は「追い風ライダー」というタイトルのストーリーが全編書かれているのかと思っていたけど、実際は5つの短編から構成されており、どうやらこれらを総称して「追い風ライダー」ということになるのかもしれません。
読む前にカバーのイラストのイメージからロードバイクの似合う女性が登場すると思いきや、最初はまったくそんなことはなくロードバイクすら持っていない人が新しい自転車、しかもロードではなくクロスバイクを買うところから始まる。がっつりのローディーの著者のイメージからすると少し意外だったけど、この方がむしろ敷居が低くて、ロードバイクを知らない人でもすぅーっと入っていけるのかも知れません。計算されてるなぁ (^^)
女性が初めてママチャリじゃない自転車クロスバイクを乗ったときの描写「すごく軽い、漕ぐのを止めてもずっと止まらない、なんだか羽が生えたような感覚に興奮した」は、私が初めてロードバイクを乗ったときの記憶を呼び覚ました。あのときの感動は一生忘れないし、あの感動が理解できないと「自転車の高い値段」は絶対に理解不能だと思います。第2話でも初めてママチャリじゃない自転車に乗った女性の感動がまた違った表現で語られています。
第1話の「桜の木の下で」からぐいぐいと引き込まれちゃいましたね。読みながら、「おいおい、これは面白いぞ」と思いにやけながら一気に読みました。東京近郊が舞台ということもあって、所々に登場する地名や描写(例えば鶴峠のバス停!)など私も実際に自転車で走ったことのある場所が沢山登場するのがいいですね。そういうときは、実際の風景をかなり具体的にイメージできるので、半分映画を観ている気にさせてくれます。
「だから君を好きになった。一緒にいると、...」なんて台詞をさらりと言える男になりたいものである。ちなみに第1話に登場する夫婦の喜怒哀楽の夫婦バランスはうちとよく似ているので、ちょっと笑えた。

信号で停まると汗があっという間に噴出してくる。でも、同じ汗でも満員電車でもみくちゃになってかく汗よりはずっといい。

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ペダルを人漕ぎすれば、その瞬間に「会社の時間」は終わり、二漕ぎ目からは「私の時間」だ。

これも女性の台詞。全体を通して女性の存在感が物凄く大きい。そしてジテツウをしている私もまったく同感である。できればママチャリではない自転車で通勤すると、この第2話もさらに面白味が増すのではないでしょうか。そして、米津さんとは TwitterInstagram でフォローさせて頂いているので、さずが猫好きの米津さんならではだなぁという猫とそれにまつわる描写がにくいです。実はこれでキャットシッターという職業があるということも知りました。
あ、そう言えば斜度 22% の岡本三丁目の坂はまだ行ったことがなかったので、今度探して行かなくてはw こういうリアルなスポットを挟んでくれると自転車乗りは無条件ににやにやしちゃいますね。
自転車と言えばよく話題になるのがマナーの悪い自転車乗り。圧倒的にママチャリに多いのですが、この辺りもきっちり指摘していらっしゃるところも痛快です。ああいった無茶な乗り方してるといつか事故に会うから気を付けた方がいいですね。
第2話もすごく好きなストーリーで高梨と柴崎の公園での会話がすごくいいこと言ってる。やっぱり自転車に乗ったことで心開いたのかな?(^^)
第3話の舞台は荒川サイクリングロード周辺。この辺は数えるほどしか走っていないけど、ホンダのヘリポートとかは情景が目に浮かんで思わず頷く。そして何気に道交法についてさらりと説明(?)してくれる辺りは先の自転車のマナーに続いてちょっぴり嬉しくなります。本書を読んだ人がみんなマナーのいい走りをしてくれたら、東京近郊ももっと走りやすくなるかな。でもきっとマナー最悪の連中はなかなかこの本を手にしないのかなぁとも思ったり。でもロードバイクに乗っていなくてもこの小説は読み応えがあるので、1人でも多くの人に読んでもらいたいです。
「これで食っていける仕事」じゃなくて「これで食っていきたい仕事」という話はぐっと来ました。今の自分は果たしてそうなっているんだろうかとこの歳になって改めて自問自答。
第4話の「勇気の貯金」は待ってましたという感じのブルべにまつわるストーリー。これはもう米津さんの真骨頂でしょう。あとブルべのコース作りの裏側がちょっぴり垣間見えたのが興味深かったです。ブルべやっていない人だと絶対これは書けない話の1つでしょうね。
第5話は、意外にもツールド沖縄にまつわるお話。ちょっと意外でした。というのもロングライドやブルべのイメージが強い米津さんだったからガチンコのロードレースのツールド沖縄は想像していませんでした。170cm で手も脚も長いマリアローザの美女が登場する最後のお話も素晴らしいです。男の過去のドラマ、女のドラマ、男女のドラマ、そして自転車。小賢しい勝ち方や乗り方をするなよ、終わってうまいビールが飲めるようなレースをしろというのは、確かにホビーレーサーにとってはある種のバイブルかもしれませんね。私はレースに出ても大した成績を残せるレベルではありませんが、肝に銘じておこうと思います。物語は終盤に向けて徐々に高鳴りを迎え、最後に最高の読後感を与えてくれました。
個々の短編は独立したストーリーなんですが、実は複雑に或いは絶妙に登場人物が絡み合っているところが、とても計算されたストーリーを組まれたんだなと感心いたしました。
あと、米津さんともちょろっとツイートで絡みましたが、映像化が実現するといいですね。最大の心配ネタは、登場する素敵な女性たちのキャスティングです。モー○のなんとかちゃんみたいは安易なキャスティングは個人的にはちょっと... です。
私の周りのローディ達は恐らくみんなこの小説が好きだと思います。できればロードバイクに乗っていない人がこの本を読んでどういう感想を抱くのかをちょっと聞いてみたいきになりました。